2021年3月に創作オペラ「お照の一灯」の公演を目指し、このブログをスタートさせる。【2018年6月18日

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2012年12月にopera「横笛の詩」の初演を皮切りに、2015年3月に第弐回公演、2018年3月には第参回公演を実施し好評を得てきました。その第参回公演終演後に、新たな創作オペラをとの構想が持ち上がり、この「お照の一灯」の脚本を書き上げた。まだ手直しが必要ですが徐々に準備を進めたい。(6/18)

伝承されている物語はこちらから。


オペラ「お照の一灯」 防野宗和 のほとけの散歩道 天野の里 お照 貧女の一灯

2018年11月10日 毎月10日の墓参り

天野の里に眠る お照の墓へ(下に関連記事)。今年の5月から毎月10日前後には、お照さんの墓参りと決めている。2021年の初演が実現するまでは続けようと。何故10日かというと「お照の一灯」になぞらえて、命日を勝手に1月10日(いっとう)と決めた。で、毎月10日前後にお参りをしている。

掲載の画像の様な場所にお照さんの墓があり、丹生都比売神社神社に近く、その駐車場から歩いて10分少々か。先月訪れた時は、台風の影響で小高い山辺の道は倒木で狭い道がふさがれていたり、墓周辺は折れた杉の枝が散乱しており片付けに手間取った。その後、天野の里のどなたかが一人ではどうにもならない倒木を片付けてくれていました。(^◇^)

画像に記載の登場人物ですが、和泉の国 奥山村の女性「お鈴、お照の実母お千」 以外はほぼ決まりました。曲の方も、11月25日(日)の声明コンサートが終われば、車川知寿子さんが作曲に取りかかって下さる。待ち遠しくて仕方がない。

 

※画像は、とりあえず台本用表紙に制作したものでフライヤーやポスター用ではありません。


2018年8月13日(月) 高野山万燈供養会/ろうそく祭り

今年で45回目だという「ろうそく祭りに初めて行ってみた。これも「お照の一灯」をオペラにしようと思い立ったからこそで、雑踏の中に身を置く事の嫌いな私にしてみれば快挙?である。(>_<)

午後7時からの ろうそく祭りに、高野山に着いたのが4時30分頃。一の橋から御廟までの2Kmの参道にはろうそくを立てる為の準備がなされており時間までゆっくり散策も、少々持て余し気味だったので おでんを食べ、お好み焼きを食べ、かき氷を食べ…(^○^) 

昼間に降ったという雨のせいか散策中も汗はかかない。午後7時になると参詣者に10万本のろうそくが配られ、貧女の一燈(お照の一灯)から分火された灯りを個々のろうそくに火を点け 参道は幽玄な風景に変わった。1000年もの間 燃え続けるお照の祈りが優しい輝きを発している。

今日の目的は奥の院での万燈供養会。午後8時前には御堂に入り 貧しいお照が大切な黒髪を切って献じた貧女の一燈(お照の一灯)を目の前に陣取り、祈親(きしん)上人が献じた祈親燈(きしんとう)、白河上皇が献じた白河燈、昭和の時代にある宮様と首相の手によって献じられた昭和燈が燃え続ける中、読経がはじまった。おごそかな万燈供養会に身を置き、operaお照の一灯(2021年3月公演予定)の成功を祈る。

お照が捨て置かれた場所や育った屋敷跡それに天野の里のお墓を巡り、今日はお照の祈りの一灯と共に万燈供養会に参列できてopera制作への内面の準備が整いました。\(^O^)/


お照の墓/和歌山県伊都郡かつらぎ町天野

かつらぎ町のホームページにお照の物語が掲載されている。貧女の一灯 防野宗和 お照の一灯
2018年5月末日に訪れた お照さんの墓の様子。その上には生みの両親の石碑がある。

貧女の一燈(お照の一灯)のお墓の解説と、実の両親 安東四郎右衛門とその妻の石碑。お照は和泉の国は横山村坪井の里に捨てられるが奥山源左衛門・お幸の夫婦に拾われ大切に育てられる(下記参照)。お照16才の頃、その育ての親も亡くなり 高野山の麓 この天野の里に移り住む。今は お照の墓として知られているが、この辺りには出家した お照の庵があったと伝えられている。


2018年6月25日 オペラの幕開きに登場する和泉市坪井町と槙尾町を訪ねた。


槙尾山 施福寺/和泉市槙尾山町136

ご本尊「十一面千手千眼観世音菩薩

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槙尾山 施服地

標高600mの。標高500mくらいのところに行基空海ゆかりの古刹施福寺」あり、参拝登山者の多い霊峰。

 

……「お照ちゃんは今日も源左衛門さんとお幸(こう)さんのお墓参りかねぇ。

毎日毎日本当に感心だよ

亡くなった お照ちゃんのお父つぁん、横山村坪井の 奥山源左衛門といえば 豪農で知られた上に、それはそれは人情味深い 立派なお方と評判で…」でも 子宝に恵まれず…」源左衛門さんはお幸さんと二人して槙尾山の観音様に願かけ参りの日々」その観音様の ある日の帰り道…」と続くオペラでの台詞に登場するこの寺は、駐車場から大変な坂の山道を歩くこと約40分。足が……。

境内には観世音菩薩像や、施福寺までの途中には弘法大師 空海が剃髪したお堂や御髪堂がある。(写真下)


お照置き去りの地/和泉市坪井町

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槙尾山の麓、小さな貧女橋を渡ると お照が捨て置かれた場所がある。仏並への分かれ道 辻堂辺り。生みの親が身を潜めるその先で、この地に住む 奥山源左衛門・お幸が、捨てられたお照を拾い上げる。

 

……「この先の霧深い辻堂の脇で泣くあんたを見つけて、どうやら捨て子らしいと… それでね お照ちゃん、不憫に思った お幸さんが あんたを抱き上げると すぐに泣き止んで、はち切れんばかりの 笑顔にかわったって」

「あんたの お母(っか)さん お幸さんはね その笑顔を見て子の無い私たちの願いを 観音様が叶えて下さったと大喜びしたそうだよ。子を授かりたい一心で槙尾山には 願掛け参りの日々だったからねぇ」……

この場所には『此の付近 孝女 照 置き去りの地 千代までも 行く末をもつ みどり子を 今日しき捨てる 袖ぞ悲しき』と記された石碑と地蔵像がある。そのお地蔵様を見つめる様に、土塀の中から清らかなアジサイの花


お照の像/鳳林寺 和泉市坪井町209

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この鳳林寺は、元は 養父母 奥山源左衛門・お幸の屋敷があり お照が一緒に過ごした場所とされる。